2026年1月13日、山口県宇部市沖の海底炭鉱である「長生炭鉱」で見つかった人骨のDNA鑑定を行うことが決まった。韓国李在明大統領の来日による首脳会談で、高市早苗首相がこの方針を明らかにしたという。
「立飛の給水塔」は現在、立川市に所有する約98万㎡の不動産を社会資本財と捉え、不動産賃貸から開発・管理、ホテルなどの事業を展開する立飛ホールディングスの敷地内に建つ。
四国地方を代表する私鉄「ことでん」。正式な社名は高松琴平電気鉄道といい、バス・タクシー事業を行う「ことでんバス」、駅業務の受託やコンビニエンスストア業務を行う「ことでんサービス」、ゴルフ場経営の「高松グランドカントリー」などの関連会社を擁し、「ことでんグループ」を経営している。
大正デモクラシーに沸く1920(大正9)年のことだった。大正、昭和を代表する教育者・実業家であり、建築、絵画、陶芸などでも知られる西村伊作が、真の学校教育を実践する場として東京神田駿河台(千代田区)に土地を求めた。
加藤商会は現存する会社ではないが、往時は名古屋港を出入りする外米の8割を取り扱っていたとされる尾張きっての米商社だった。創業者は名古屋財界の重鎮といわれた加藤勝太郎である。勝太郎は1885(明治18)年に愛知県中島郡大里村(現稲沢市)で生まれ、名古屋商業学校(現名古屋市立名古屋商業高等学校)を卒業し、兵役を経て二十歳を超えた頃に貿易商を志して単身、香港に渡った。中国や東南アジアの国々を見て周り、時計などの商品を買い付けては販売した。
わずか8年で営業休止になったモノレールが姫路市(兵庫県)にある。先行開業のうちに急速に潰えたためか正式な路線名ははっきりしないが、通称は姫路モノレール。姫路市内の姫路駅と手柄山駅間1.6kmを結んでいた、かつての姫路市交通局(現姫路市企業局交通事業部)の鉄道路線だった。
箕面温泉スパーガーデン・箕面観光ホテル。その歴史を見ると、阪急創始者小林一三の経営への意気込みと、いくつものM&Aが繰り広げられてきたことがわかる。
尾小屋鉱山。最盛期には日本有数の銅生産量を誇ったとされる北陸を代表する鉱山だった。現在は県立尾小屋鉱山資料館が置かれ、坑道はマインロードと称して観光整備がされている。
新潟県長岡市に「摂田屋」という土地がある。特定の家・屋号のことではなく、長岡市にある地名だ。この摂田屋は中山道の高崎宿(群馬県)から寺泊宿(新潟県)を結び上杉謙信の関東遠征の際にも利用された旧三国街道に面し、新潟の中でも古くから酒や味噌、醤油などの醸造が盛んな地域だった。
八ツ沢発電施設群。建設したのは明治後期から昭和期にかけて首都圏の電力を担っていた東京電燈という電力会社。八ツ沢発電施設群は明治後期の1910年頃、同社が水力電気事業の一環として建設した。